ひとがどう思うかなんて本当にどうでもいいこと。
ここ数日、なんだか落ち着かない感じだった。
大きなエネルギーの変化なのか、いつもの自分じゃない感じがしてイライラしていた。
普段あまり感じないイライラなので、
「へぇ~なんだろう~」
とイライラを観察していた。
以前ならこの感情が居心地悪くて、どうにかして早く脱出しよう・・とした。
でもなぜか今回は向き合ってその中にただあってみよう・・とふと思った。
「恐れ」もやってきた。
それにも同じように、ただその中にあってみた。
それらはそのうちスーッと通り過ぎて行った。
たぶん、自分で創った幻の「恐れ」や「不安」によって起きた感情もあれば、身近なひとの感情を拾っている場合もある。
でもそれはどっちでもいい。
ただ「感情」にコントロールされて振り回されない・・・ことが大事なのだ。
「わからない」・・ことに大きな「怖さ」を感じることも分かった。
だからよく見よう・・と自分の「感情」を観察する。
だれも「私」を私ほど知らない。
「私」が感じることは唯一「私」しか分からないのだ。
「人」は関係ないのだ。
ひとがどう思うかなんて本当にどうでもいいことなのだ。
自分にとっての真実は自分にしかわからない。
そしてそれと真摯に向き合って淡々と自分を生きる・・そんな道を選んだのだと気づいた。
日記の断捨離
こないだからよく見る数字は、2と3。
バランス・・ね。
ニュートラルに意識を置いて、どちらかに偏らないように・・。
今日は日記と写真の断捨離。
何かあると思考の整理と自分に向き合うために書くことを続けている。
他のモノはどんどん捨てているのに、なぜか日記だけは残していた。
でも、これこそ捨てていいものなのだ。
これを書いていた頃の自分はもうどこにもいない。
様々なことを考え、悩み、自分に向きあうツールだった。
だからこそ愛おしく、また捨てることをしなかったのだ。
でも、それらの手を放そう・・もうそれは必要ないのだ・・と分かった。
そしてそれらはすべて何層にも重なり私の中に「経験」として含まれている。
それこそが宝物なのだ。
ここ(地球)を離れて別の次元へ行くときに携えていけるのはそれだけなのだから。
そして進化すると、たぶんそれさえも手放していくのだろう。
たびは身軽な方がいい。
本当は簡単なこと・・。
話の流れでよく聞く言葉・・。
「そんな簡単にはいかないよ・・」
「もっと物事は複雑で難しいんだ。」
重々しいシリアスなお顔で、さもこの問題は重大なんだ・・と訴えてくる。
・・・が、私には
「それ複雑にしているのはあなたですよ・・。あなたの意識が変われば、それ問題じゃなくなるんですけど・・・?」
「ものごとは本当は超簡単なんですよ・・」
としか言えない。
「問題」だと感じている時点で、もう「問題」を創造している。
本当は「問題」・・ととらえる意識がなければ、それは「問題」・・にならない。
現実化・・しないから。
「じゃあ、飢えてる人や殺人事件なんかは問題じゃないの?」
と言う声が聞こえてきそうですが・・。
そう、実はそれ誰かの「意識」が創りだしたもの・・結果。
「結果」・・・結ばれた果実なのだ。
その前にそれを創りだす「意識」があるのだ。
だから、「意識」・・自分の「意識」の向いている方向がどこか?というのが重要になってくる。
みな「結果」ばかりみて大騒ぎしてるけど、それを創りだしているのは自分たちなのだ・・と言うことに気づく必要がある。
それに気づくと、自分が創りだしたいものは何か?ということに意識を向けることができる。
それが世間で流行ったいわゆる「引き寄せ」といわれるものだ。
とても簡単なのだ。
「簡単さ」を受け入れる「意識」があれば物事はシンプルで超簡単になる。
世の中の情報の多くは「不安」に「意識」が向くようになっている。
その方が物が売れて「利益」になる人がいるからだ。
そういう物事を冷静に俯瞰で見る「見極める」目も必要だ。
みんなの意識が「不安」や「心配」、「競争」「戦い」「勝ち負け」から離れて、
「平和」、「愛」「喜び」、「協調」「調和」「理解」や「思いやり」、に向けられると、かなり生きやすい世界になる。
今、地球はそういう次元へシフトしている。
ひとりひとりの意識が変わることでその実現のスピードは加速する。
いつもニュートラルに平和な心でいることは、地球にとって最大の貢献になるのだ。
握りしめていたのは自分だった
スピリチュアルのワーク・・はなんだか胡散臭くて嫌いだった。
そんな簡単にできたら苦労しないわよ・・なんてナナメから思っていた。
でもやってみてビックリ。
「いやだ~もういやだ~!」の感情とともに自分の中から取り出して、大きな塊にして宇宙へ手放すイメージでワークしたら・・・後に残ったのはただの空間・・・(そこに宇宙からのキラキラの金色の光を入れるのですよ。)
そこでハッとした。
「これ、ずっと前の怒り・・・古い古いの。握りしめていたのは自分だったんだ・・。」
あの人のせい・・と無意識に思っていた。
でもあの人のせいじゃない・・。
忘れず手放さずずっと握っていたのは、「自分」なのだ。
時々思い出したりなんかして・・・。
バカじゃない・・。
なんで後生大事にずっと握りしめていたのかな・・。
手放す・・・ってそういうことなんだ・・・。
気づいてなかった。
自分にとって苦しいもの、嫌なもの、合わないもの、は手放していいんだ。
思考でどうにかして自分を納得させたり、いい人になったりしなくていいのだ・・・。
なるほど・・。
だからなんだか疲れていたのか・・・。
だってイヤなのに合わないのにずっと「持って」いたから。
重いエネルギーをずっと引っ付けていた。
もっとシンプルで良かったのだ。
「いる」「いらない」「好き」「嫌い」
「行く」「行かない」「する」「しない」
「合う」「合わない」
後からごちゃごちゃ考えなくていいのだ。
シンプルにクリアにしないと「自分」が見えなくなる。
いらないものをどんどん捨てて軽くなると、周りがすっきりして視界も開けて物事がよりクリアに見える。
これは、物理次元もリンクしてる。
真実はいつもシンプルで誰でも知っていること。
そして「合うもの」も変化する。
どんなものも執着せずどんどん手放す。
変化して進化することが「生きる」ことだ。
どんどん軽くなろう。
左腰の「怒り」
もう自分の子供時代が、遠い前世のように感じる。
違う人のようだ。
子供時代・・・ひとりで流した涙も数知れず・・。
誰かに相談することもなく、よくひとりで(今は一人じゃなかった・・と分かっているけれど・・)頑張って生きてきた・・と感心する。
もう様々なことが消化されているので、何の感情も残っていない・・。
けれど、私の左腰には「怒り」が残っている。
ずっと昔の。
いつのものかはわからない。
これを解放する時が来た。
体には表現されなかった感情がため込まれる。
「怒り」・・幼い私が感じたものなのか・・どの私が感じたものであっても、それは間違いじゃない。
閉じ込めて感じることをしなかった・・それが体に記憶されている。
「怒り」・・苦手な感情だった。
「怒り」を感じることをどこかで「いけない」ことと思って、感じないように無視したのかもしれない。
「怒り」は起こってくる。
ムクムクと。
それを感じて感じて流せばいい。
無かったことにする・・のは自分を無視している。
どの感情も自分に許す。
「こんなことを思うなんて自分は間違っている・・」
「こんなことを思ってしまう自分は、ひどい人なんだ・・」
「感情」は本来の自分ではない。
「感情」は「感情」で、いいも悪いもない。
全てを含む・・何もかも・・それが本来の私たち・・なのだ。
何が本来の自分なのか、流れていかないずっとずっと存在するほうが本当の自分なのだ。感情はただ流れていく・・それらはこの地球のバイブレーションなのだ。
地球のバイブレーションから抜けていく時代・・が「今」なのかもしれない。
単独飛行
ひとりで飛ぶ、飛び続けること・・・。
誰も教えてはくれない、誰も前を行く人はいない・・。
頼りになるのは、自分の感覚と知識と直感と叡智と・・・宇宙とのつながり・・。
そして「勇気」。
誰かに認めてもらえなくても、誰かの承認が無くても、飛び続ける「勇気」。
ひとりでないと知っている感覚。
「自分」をリスペクトし、「信頼」する勇気。
それこそが「生きる」ということ。
それこそが「オリジナル」で、「自立」
本当の「自立」は、ひとりでなく、実はみんなつながっていることを分かってから始まるのかもしれない。
絶対的な「安心」のもと、自由に単独飛行する・・それこそが実は本当にやりたかったことなのだ。
根深い自己否定を手放すとき
自分のエゴや自己否定の声に気づけるようになってきた。
一日の中で、本当に数えられないくらいにたくさん聞こえる声。
「それほんとう?」
「勘違いじゃない?」
「自分にできると思っているの?」
もう何かを思うとすぐ条件反射のようにくっついている。
ふ~ん、こんな状態じゃ何かをするのはそりゃ大変だわ・・。
でも気づくことで、その声をスルーすることができて本来の自分が現れてきた。
エゴは今まで通りの安全地帯を好むから、変化を一番恐れる。
だから「チャレンジ」なんて言葉を聞くと、できない理由をあとからあとから送ってくる。
「恐れ」
「不安」
が一番のブレーキだ。
そして、何もしないことを今のままを望む。
でも・・・・そこには成長も満足もない。
私の魂はそれを望んでいない。
それだけははっきりしている。
だから、エゴの声は聞こえても、いくら自己否定の声が聞こえても、それは本当の自分じゃないと分かった。
ただの古い刷り込みや、昔の価値観、もう古い古い昔のものたち・・・。
それらはもう必要のないもの。
きっとそれがないと生きられない時代があったのだ。
だからもう手放す時がやってきたのだ。
ありがとう・・もう十分に役立ってくれたよ。
だからさよなら。
私は本来の自分に戻って、魂の赴くままに生きると決めたから。