「節度」
「節度」・・度を越さない、適当な程合い。
これほどあいまいで、とても奥の深い言葉がある国が他にあるだろうか・・?
「節度を保つ」ことは、成熟した大人が得る一つの宝物だ。
そこにははっきりとした線引きはなく、それぞれ個々のケースによっていい塩梅を生み出せる柔軟な智慧を持つことで、様々な事柄の中を流れるように進むことができる。
だから「節度」は教えることが難しい。
自ら様々な事柄にあたったときの経験から培われることが多い。
だから、度を越す経験をして初めてその出過ぎた部分に気づく。
そしてその「度」もひとそれぞれなのだ。
これほどあいまいで、分かりにくいことを「節度」という美しい言葉で表現した先人は素晴らしいと思う。
そこには相手に対する「思いやり」も見て取れる。
「個」を大切にするあまり、「節度」が失われて周りが見えなくなるのは本末転倒だ。
「共存共栄」・・・私たちは実感が無くても、目に見えなくてもどこかで繋がっている。
「節度」を持ち、どんな人であっても尊重して生きていくことが「成熟」した大人なのかもしれない。