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ふとした言葉はあなたへのメッセージです。 そのまま受け取ってください。

「お皿を洗う」

お皿洗いは いつも義務(お母さんの仕事!笑)のようで、どちらかといえばめんどうだ。

 

さっぱりきれいになるのは気分がいいけれど いつも手を動かしながら この後の予定やしたいことに意識が向かっている。

 

けれど昨晩 夕食後の食器洗いをしているとき 意識を「いま」にフォーカスしてみた。

さっきの事も この後のことも考えずに、ただお皿を洗っていたら不思議な感覚でただ感謝がわいてきた。

 

十分に使える水やお湯で 家族の食べたごはんの食器を洗えるって これってすごい平和なことじゃないかな~って。

 

ありがたいな~って。

住む家があって 必要なものは十分あって 食事もできて 五体満足で 仕事があって

ありがたいな~って。

 

 

生きていくのは ほんとうは難しくない。

 

難しくしているのは 刷り込みや 思い込みや 先入観や 固定観念だ。

 

社会全体の集団意識が 「もっと もっと もっと」と「いま」にいちゃ遅れちゃうよ!取り残されるよ!だめだよ!と言わんばかりに 早く早くと 大声で何かしろ!と急き立てる。

 

そうだよね~。

企業は 物を売らなくっちゃいけないから 次々新しいものを作って宣伝する。

いつまでも「これで十分です」って 大事にされようものなら(本来喜ぶべきこと)

「儲からない!」のだ。

 

 

若いころ アパレルの仕事をしていた。

お客さんに販売している商品を喜んでもらえるのが 一番うれしかった。

 

でも 責任者になり数字を管理するようになると 疑問がわいた。

毎年毎年 売り上げ目標の数字が前年を必ず上回るように設定することに違和感を感じたのだ。

 

「どこまで これを続けるの?正気?」って。

 

モノを売るのは好きだし 商売の事も理解している。

 「商売」で一番大事なのはお客さまの信頼だ。

 

新規のお客様を増やす・・ことももちろん大切だが 現在のお客様を大事にしていくことは もっと大切なのだ。

 

ただ「拡大」することを目標にしていた・・そのことがそのときの違和感だったのだ。

 

違和感を持ったまま何かをすることはできないので、その仕事は出産を機に辞めた。

 

育児中は 働いていなかったので その消費社会を 「外側から客観的に見る」ことができた。

 

「巨大な消費社会」はもうピークを過ぎてしぼみつつある。 新しい若い人たちが 自分たちで 楽しみながら商売をする時代になってきた。

 

「必要なものを必要なだけ」という言葉は 身も心も軽くする。